苦しく辛かった練習。
脱走したこともあった。
でもそれがあったからこそ
今の自分がある。
松商野球に感謝。
長嶋さんに始まり、長嶋さんで終わった僕の野球人生。 多摩川での引退試合に長嶋さんが駆けつけてくれた。
僕にとって誇りに思える
最高の引退イベントだった。
甲子園の花形スターだった定岡。
甲子園に行けなかった僕にはあこがれの存在だった。
不安だらけのプロ野球人生へのスター
王さんの監督時代には、あまり貢献できず心残りでした。。
宮崎キャンプで同室させていただけ本当に勉強になりました。
本当のライバルと出会えた。
シーズンでの勝ち星では一度も勝てなかったけど、通算でようやく勝てたのが 嬉しい。

 







私は20年間6人の監督の下で プレーをさせてもらいました. 長嶋監督、藤田監督、王監督、 中日に移って星野監督、 高木監督、そしてオリックスに移って土井監督 色々な思いでがあります。 今回は長嶋監督の話をしてみたいと思います

最初の長嶋監督の6年間の中で、自分はこの三っをしっかり教えられたました。 自分がプロに入って3年目のことです、ゲームが終わって監督室に呼ばれ、 正座したまま20発くらい殴られたことがあるんです。 監督は逃げることが大嫌いです。監督にデビュー戦でもわかるように、4三振でも、 見逃しの4三振じゃない、振っての4三振。振らなければ絶対に当たらない ということで、向かっていくタイプですよね。一軍に上がったばかりの僕は、 なにがなんでも打たれたくないという気持ちでマウンドに立っていました。 もし打たれたら明日から二軍だもうこのマウンドに立てない、だから 打たれたくないストライクゾーンにボールを投げたい、それが甘くいって ど真ん中へ行きホームランされる、ヒットされる。コースを狙っていっても ストライクが入らない、そして益々ピンチを招く、どんどんプレッシヤーがかかり 余計にストライクが入らない、この試合何点とられたでしょうか、
そして終了後 「なぜ逃げるんだ。命まで取られる訳じゃないだろう」 「逃げるな、向かっていけ」 と言われながら、殴られた続けたんです。こんな逃げのピッチングをしている 限り、僕の成長はないということで殴ってくれたのでは、プロとして勝負師として 一番大切な心を、どうにか頑張ってもらいたいという気持ちで殴りながら 教えてくれたのだなと思いました。この事で僕は大きく成長することが出来ました。

つい先日、長嶋監督と東京ドームで話をした時に、「監督、今の若い選手も殴る位 に教えてやってもいいんじゃないですか」と言ったんです。 すると監督は「もう俺は殴れる年じゃないよ」と。「監督じゃなくても,監督の気持ちの解るコーチが替りに殴ってもいいじゃないですか」 こう僕が言った事を、監督は下をむいたまま真剣に聞いてくれていました。